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盛岡地方裁判所 昭和59年(ワ)394号 判決

原告

小幡茂

小幡静子

右原告両名訴訟代理人弁護士

山崎正敏

被告

千葉正博

右法定代理人親権者父

千葉正人

右法定代理人親権者母

千葉育子

被告

千葉正人

佐々木博美

右被告佐々木博美訴訟代理人弁護士

岩崎康彌

主文

一  被告らは、原告小幡茂に対し、各自金一、七〇二万二、五八七円及び内金一、五五二万二、五八七円に対する昭和五九年五月一四日から、内金一五〇万円に対する同年一一月二七日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告千葉正博、同千葉正人は、原告小幡茂に対し、各自金一五〇万円に対する昭和五九年一一月二四日から同月二六日まで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは、原告小幡静子に対し、各自金一、七〇二万二、五八七円及び内金一、五五二万二、五八七円に対する昭和五九年五月一四日から、内金一五〇万円に対する同年一一月二七日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告千葉正博、同千葉正人は、原告小幡静子に対し、各自金一五〇万円に対する昭和五九年一一月二四日から同月二六日まで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告らのその余の請求を棄却する。

六  訴訟費用は、これを五分し、その四を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

七  この判決の第一項ないし第四項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告各自に対し、それぞれ連帯して金二、一四〇万二、四七九円及び各内金一、八九〇万二、四七九円に対する昭和五九年五月一四日から、各内金二五〇万円に対する同年一一月二七日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告千葉正博及び同千葉正人は、原告各自に対し、それぞれ連帯して金二五〇万円に対する昭和五九年一一月二四日から同月二六日まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  以下のとおり交通事故が発生した。

(一) 日時 昭和五九年五月一三日午前零時二三分ころ

(二) 場所 盛岡市高松二丁目一五番六号国道四号線の交差点上

(三) 加害車 被告千葉正博(以下単に被告正博ともいう)運転の普通乗用自動車(岩五六ふ二八六五号)

(四) 態様 訴外亡小幡斉(以下、単に斉ともいう)が右(二)の場所で歩行者用青色信号に従い国道四号線を横断歩道上で横断歩行していたところ、右国道を時速約一〇〇キロメートルもの速度で暴走していた本件加害車が、本件交差点の赤色信号も無視して進入し、斉に激突した。

2  本件事故のため、斉は、脳挫傷、頭蓋骨骨折等の傷害を負い、事故の約三時間半後、右脳挫傷により死亡した。

3  帰責事由

(一) 被告正博

同被告は、本件事故のしばらく前に、本件加害車を窃取し、無免許で飲酒していたにもかかわらず、これを運転し、警察官から職務質問を受けるや、逃走し、追跡してくる警察車両からのがれるべく、前記1(四)のとおりの高速度で暴走したあげく、赤信号を無視して本件交差点に進入し、よつて前記1(四)のとおり本件事故を惹起したのであつて、自己の過失によつて本件事故を起こしたものとして、民法七〇九条にもとづく損害賠償責任を免れない。

(二) 被告千葉正人(以下、単に被告正人ともいう)

被告正博は本件事故当時一六歳の未成年であつたところ、被告正人は、被告正博の実父(親権者)として、同被告に対する監督義務を負つていた。しかるところ、被告正博は、高校入学後約二か月で退学処分を受けるなど、その生活状況にはきわめて問題があつたのに、被告正人は、この点に格別の注意を払うこともなく、被告正博を放任するばかりであつた。のみならず、被告正博は、かねて自動車に興味をもち、またオートバイを窃取して警察に補導されたこともあるのであるが、被告正人は、そのような事情を知りながら、自己の自動車の予備のエンジンキーを漫然自宅の茶の間に置いて、被告正博が容易に手にしうる状況におき、そのため、同被告は、右エンジンキーを持出しては、無免許で、平素前記の自動車を運転していた。ところが、被告正人は、被告正博が右のようにして自動車を運転していることを知りながら、同被告に格別の注意をすることもなく、また、エンジンキーの保管方法を変える等の配慮をすることもなかつた。以上によると、被告正人は、被告正博に対する監督義務を著しく怠つたものというべく、また、被告正人の右義務違反と前記(一)のとおりの本件時の被告正博の行動ないし本件事故の発生との間には相当因果関係があるから、被告正人は、民法七〇九条にもとづき、本件について損害賠償責任を負うというべきである(なお、かりに、被告正人に被告正博が平素自動車を運転している旨の認識がなかつたとしても、やはり、被告正人には被告正博に対する監督義務の違反があり、かつこれと本件事故との間には相当因果関係があるから、同被告は本件につき民法七〇九条にもとづく責任を負うことに変りはないといわなければならない。)。

(三) 被告佐々木博美(以下、単に被告佐々木ともいう)

(1) 被告佐々木は、本件加害車の所有者であり、自賠法三条にもとづき、本件事故によつて生じた人的損害を賠償する責任を負つている。

(2) かりに、被告佐々木には自賠法三条にもとづく責任が認められないとしても、同被告は、本件加害車を、自己の勤務先である盛岡市中央通一丁目二番二号盛岡電報電話局の歩車道に接する屋外駐車場にエンジンキーを点火装置に差込んだまま駐車しておいたため、被告正博にこれを窃取されたものであるところ、被告佐々木のかかる駐車方法には過失があり、かつ右の過失と本件事故との間には相当因果関係があるというべきであるから、結局、同被告は、民法七〇九条にもとづき、本件事故により生じた損害を賠償する責任を免れない。

4  原告小幡茂(以下、単に原告茂ともいう)は斉の父、原告小幡静子(以下、原告静子ともいう)は斉の母であるところ、右両原告は、その法定相続分に従い、本件事故に関する斉の損害賠償請求権を、二分の一ずつ承継取得した。

5  本件事故による損害関係は以下のとおりである。

(一) 治療費 一三万二、五六〇円

ただし、そのうち、九万一、三九二円は国民健康保険によつて填補された。

(二) 文書料 三万二、五六〇円

(三) 葬儀費 八〇万円

(四) 逸失利益 四、一九八万一、二九九円

斉は事故当時岩手大学一年に在学し、大学卒業時には二二歳に達する者であつたところ、昭和五八年度の賃金センサスによると、大学卒業全年齢男子労働者の年間平均賃金は四七二万三、九〇〇円であるから、同人の死亡による逸失利益の事故当時の現価は、生活費割合を五〇パーセントとし、ライプニッツ方式により中間利息を控除して(係数一七・七七四)計算するに、四、一九八万一、二九九円となる。

(五) 慰籍料

(1) 原告茂及び同静子は、本件事故により従来愛育してきた一人息子の斉を失うにいたつたのであつて、これによる右原告らの精神的損害についての慰籍料は、各原告につきそれぞれ七五〇万円が相当である。

(2) 本件により死亡した斉自身の精神的損害についての慰籍料はこれを七〇〇万円とするのが相当である。

(六) 原告両名は、前記(一)ないし(四)、(五)(2)の各損害についての賠償請求権を、前記4のとおり、それぞれ二分の一ずつ承継取得した。これに、右(五)(1)の各金額をも加算すると、結局、原告らが賠償を求めうる以上損害の合計は原告各自につきそれぞれ三、二四七万三、二〇九円になる。

(七) 弁護士費用 各原告につき二五〇万円

(八) 原告らは自動車損害賠償責任保険から二、〇一四万一、四六〇円を受領したので、これを原告らの右(六)の各損害金にそれぞれ一、〇〇七万〇、七三〇円ずつ充当した。

よつて、原告らは、それぞれ、被告らに対し、連帯して前記5(六)の金額に前記5(七)の二五〇万円を加えたうえ5(八)の一、〇〇七万〇、七三〇円を控除した金額である二、四九〇万二、四七九円の内金である二、一四〇万二、四七九円及びその内金の一、八九〇万二、四七九円に対する本件事故の翌日の昭和五九年五月一四日から、内金二五〇万円(前記5(七)の金額)に対する本件訴状送達の翌日(被告正博、同正人につき同年一一月二四日、被告佐々木につき同月二七日)から、各支払ずみまで、年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告正博、同正人

(一) 請求原因1(一)ないし(三)の各事実は認め、同1(四)の事実は知らない。

(二) 請求原因2の事実は知らない。

(三) 請求原因3(一)の事実は知らず、同3(二)の事実は否認する。

(四) 請求原因4の事実は認める。

(五) 請求原因5の事実は知らない。

2  被告佐々木

(一) 請求原因1、2、4の各事実は認める。

(二) 請求原因3(三)(1)の事実(すなわち、本件時被告佐々木が本件加害車を所有していたこと)は認める。請求原因3(三)(2)のうち、被告佐々木が被告正博に本件加害車を窃取されたことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

(三) 請求原因5(四)、(五)の各事実は否認し、同(八)の事実は認め、同(一)ないし(三)、(七)の各事実は知らない。

三  被告佐々木の請求原因3(三)(1)に対する抗弁

被告佐々木は、本件事故の前、被告正博に本件加害車を窃取され、同車につき運行供用者としての地位を失うにいたつた。

四  抗弁に対する認否

被告佐々木が被告正博に本件加害車を窃取されたことは認め、同車について運行供用者としての地位を失つたとの主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一1  請求原因1(一)ないし(三)の各事実については、本件全当事者間に争いがない。

2  請求原因1(四)の事実は、原告と被告佐々木との間では争いがなく、原告と被告正博、同正人との間では、〈証拠〉を総合して、これを認めることができる。

二請求原因2の事実は、原告と被告佐々木との間では争いがなく、また、〈証拠〉によると、斉は、本件事故のため脳挫傷、頭蓋骨骨折等の傷害を負い、本件事故の約三時間半後にあたる昭和五九年五月一三日午前三時五七分ころ、右脳挫傷により死亡したことが明らかであるから、原告と被告正博、同正人との間でも、請求原因2の事実を認めることができる。

三被告らの帰責事由について

1  被告正博

〈証拠〉を総合すると、被告正博は、昭和五九年五月一二日午後一一時三〇分ころ、盛岡市中央通一丁目二番二号盛岡電報電話局東側屋外駐車場で、被告佐々木所有にかかる本件加害車を窃取し、運転免許がなく、かつ、当時飲酒していたにもかかわらず、右加害車を運転していたところ、警察官から職務質問を受け、自己の右各犯罪の発覚を免れる目的で、これをふりきつて逃走し、以後、警察車両の追跡を受けながら、加害車を運転して逃走を続け、国道四号線に出てからは、時速一〇〇キロメートルに達するほどの高速で、赤信号も無視して走行し続けたこと、そうするうちの同月一三日午前零時二三分ころ、被告正博は、請求原因1(二)記載の交差点にさしかかり、なお、折から同所では自己の進行方向の信号機は赤色を表示していたのに、依然として追跡してくる警察車両をのがれるため、右信号も無視して進行すべく、引続き高速で右交差点を直進しようとしたが、同交差点手前の横断歩道上を青色信号に従つて歩行横断している斉の姿を前方約二六メートルに迫つて初めて発見し、急転把してこれを避けようとしたものの及ばず、加害車を斉に激突させて、本件事故を惹起するにいたつたこと、右衝突時の加害車の速度は時速約九〇キロメートルであつたこと、の各事実を認めることができ、以上によると、被告正博には、本件事故時の運転につき過失があり、右過失により本件事故が惹起されたことが明らかであるから、同被告は、民法七〇九条にもとづき、本件事故による損害を賠償する責任を負つていることが明らかというべきである。

2  被告正人

次に、被告正人の不法行為責任について検討するに、〈証拠〉を総合すると、以下の各事実を認めることができる。

(一)  被告正博は、昭和四三年一月二三日被告正人、千葉育子(以下、単に育子ともいう)夫婦の間に長男として出生し、本件事故当時は一六歳の未成年者であり、被告正人は、被告正博の実父(親権者)として同被告に対する監督義務を負つている。なお、右夫婦間には、被告正博のほかに、同四五年一一月出生した長女がある。

(二)  被告正博は、出生以来父母である被告正人、育子に養育され、なお、自衛官である被告正人の勤務の関係で、宮城県桃生郡矢本町で右の父、母及び妹と共に居住していた。

(三)  被告正博は、昭和五八年三月中学校を卒業して、同年四月私立古川商業高等学校に入学したが、素行が悪く、タバコを所持していたため停学処分を受け、さらにその後も登校しなかつたこと等のため、同年六月、退学処分を受けるにいたつた。

(四)  右退学後、被告正博は、昭和五八年七月ころから、茨城県土浦市で接骨院を営む叔父(被告正人の弟)のもとで雑役夫として働いていたが、同年八月ころにはやめ、その後、前記宮城県桃生郡矢本町の自宅に居住しながら、同年九月ころ以降鉄筋工として働くようになつた。しかし、同五九年三月ころ、仕事を休んで友人と遊んでいるうち、働く気がしなくなつて、その勤めもやめてしまい、それからしばらく自宅で無為にすごした後、本件事故の約半月前である同年四月二九日から、岩手県紫波郡都南村で超軽量小型エンジン付飛行機の販売業を営んでいる叔父(被告正人の別の弟)のもとで働き、右叔父方で起居するようになつた。高校退学後も、被告正博の生活状況は不安定で乱れており、なお、同年二月には、同被告は、さしたる理由もなく家出して、三日くらい自宅に帰つてこないことなどもあつた。

(五)  被告正博は、自動車や原動機付自転車の運転免許を一切有していなかつたが、かねて、友人等からオートバイを借りては、無免許でこれを運転し、他人のオートバイを窃取して警察に補導されたこともあつた。のみならず、被告正博は、通常の自動車の運転にも興味をもち、被告正人が自分所有の自動車を自宅車庫に保管し、かつ、車庫の予備の鍵と右自動車の予備のエンジンキーを自宅茶の間においていたのに乗じて、これを無断で取出し、自宅周辺で右自動車を運転するなどし、自動車の運転方法も一応のところ覚えるにいたつていた。

(六)  昭和五九年五月一二日夜、被告正博は、飲酒遊興した後、盛岡市内の道路を歩きまわつているうち、駐車中の本件加害車を認め、自動車で市内を乗りまわしてみたいという気持からこれを窃取し、よつて、前記1の経緯で本件事故を惹起するにいたつた。

以上認定のとおり、被告正人は、ごく短期間を除いて被告正博と同居していた同被告の親権者であるうえ、なお、被告正博の平素の生活状況にはきわめて問題があり、被告正人の被告正博に対する注意深い指導監督が特に要求されることが明らかであつたにもかかわらず、前記の各証拠によると、被告正人の被告正博に対する平素の監督の状況にはきわめて不十分なものがあり、むしろ被告正人は被告正博を放任する姿勢に終始していたことが認められる。ことに、〈証拠〉によると、被告正人は、被告正博との同居期間中、同被告が無免許でオートバイを運転していたのを知つており、同被告がオートバイを窃取して警察に補導されたことも分つていたうえ、自宅車庫に保管していた自己の自動車のハンドルの状況等が被告正人の不在中に変つていることがあることにも気づいていたと認められる(かかる場合、前記(五)のようなエンジンキー等の保管状況などにも鑑み、被告正博が無断で自動車を使用し、これを無免許で運転した可能性について考慮すべきは当然であつた。)のであるから、右のような状況がある場合、被告正人としては、前記のような被告正博のきわめて問題のある生活状況にも鑑み、自己の自動車を被告正博が使用しうることのないよう、そのエンジンキーの保管方法等についても意を払うのはもとより、特に、被告正博が無免許運転の所為などに及ぶことがないよう、指導しかつ警告するなどして、同被告を監督する義務を負つていたことは明らかというべきであるにもかかわらず、本項冒頭挙示の各証拠によると、被告正人はおよそかかる監督をすることがなかつたと認められるのである(前記(五)のエンジンキー等の保管状況にも変化がなかつたと認められる。)。そして、前記(六)及び1で説示した本件事故にいたる経緯及び右事故の態様自体にてらし、被告正人の右監督義務の違反と被告正博の本件不法行為によつて生じた結果との間に相当因果関係があることもまたこれを肯認することができるというべきところ(なお、前記のとおり被告正博が本件事故の約半月前から被告正人らと別居していた等の事情は、右の結論を左右するものではない。)、一般に、未成年者が責任能力を有する場合であつても(本件において被告正博が責任能力を有することには疑いをいれる余地がない。)、監督義務者の義務違反と当該未成年者の不法行為によつて生じた結果との間に相当因果関係があるときは、監督義務者につき民法七〇九条にもとずく不法行為が成立するものと解されるから、本件においても、結局、被告正人は同条にもとづく損害賠償責任を免れないといわなければならない。

3  被告佐々木

次に被告佐々木の責任について検討する。

請求原因3(三)(1)の事実、すなわち、本件時被告佐々木が本件加害車を所有していたことは、原告と同被告との間で争いがない。

そこで、同被告の抗弁について検討するに、本件事故前被告佐々木が被告正博により本件加害車を窃取されたことについては原告と被告佐々木との間に争いがないところ、さらに、〈証拠〉を総合すれば、以下の各事実を認めることができる。

(一)  被告佐々木は、昭和五九年五月一二日午前一〇時三〇分ころ、本件加害車を盛岡市中央通一丁目二番二号の盛岡電報電話局敷地内で同電報電話局建物と岩手銀行本店及び盛岡赤十字病院の各建物の間にある幅員約四・六メートルの通路状の屋外駐車場に駐車した。同所は当時盛岡電報電話局の職員のための駐車場所として利用され、なお、被告佐々木は、同局の職員であつて、日頃同所を駐車場所として利用していた。

(二)  右の屋外駐車場は、盛岡市の中心部にあり、公道に面していて、一般人も自由に出入りしうるようになつていた(本件屋外駐車場は、盛岡電報電話局建物の東側をなし、南北に長い通路状の場所であつて、両端が公道に面し、なお、一方の端には一応門の設備があるが、他方の端にはかかる設備はない。)。

(三)  被告佐々木は、昭和五九年五月一二日(土曜)は非番であつたが、花見に行くために、前記(一)のとおり加害車を右屋外駐車場に駐車し、ドアをロックせず、エンジンキーも点火装置にさしこんだままで、その場を離れ、同車を放置しておいたところ、同日午後一一時三〇分ころ、被告正博(同被告と被告佐々木との間には何ら人的関係がない。)が、たまたま駐車中の本件加害車を目にし、同車がエンジンキーもつけたまま、ドアもロックしないで放置されていたことから、これを窃取し、その約一時間後に、前記1のとおり、警察官の職務質問をふりきりこれから逃走する途中本件事故を惹起するにいたつた。なお、被告正博は、窃取時、使用後は加害車を乗り捨てる意図であつた。

(四)  本件屋外駐車場は、勤務時間帯には、盛岡電報電話局の職員の自動車が多数駐車されて、混みあつた状態になり、そのため、同所に駐車する者の中には、自車を適宜移動させることができるよう、ドアもロックせず、エンジンキーもつけたままで、自車をおいていく者がかなりあつた。しかし、夜間にまで同所に駐車されている自動車はあまりなく、本件屋外駐車場の状況等にてらし、特に、人気のない夜間、かかる状況で自動車を同所に駐車しておくならば、他人がこれを窃取することはきわめて容易な状況にあつた。

(五)  被告佐々木は、前記(三)のとおりの態様で本件加害車をおいたまま、花見に行つて、そのまま同車を本件駐車場に放置し、昭和五九年五月一三日午前九時三〇分ころ警察から連絡を受けるまで、これが窃取されたことにも全く気づかなかつた。以上の各事実によると、後にも説示するとおり、被告佐々木の本件加害車に対する管理には過失があつたことが明らかではあるが、本件のように、自動車の保有者が自己と何らの関係のない他人にその自動車を窃取された場合、保有者に管理上の過失があつたとしても、そのことのゆえに保有者は窃取された自動車につきなお運行供用者としての地位を失わないとただちに結論づけるのは、運行供用者の本来の意義にてらしても相当ではないというべく、また、以上の各事実によつても、被告佐々木が本件駐車時本件加害車の運転を他人に許容していたことはなかつたと認められるのであり、また同被告による本件時の加害車の保管の状況が、客観的には他人の無断運転を許容しているに等しいほどのものであつたともただちにいいがたい。結局、被告正博の窃取後は、同被告のみが本件加害車の運行を支配していたと認めるべく、被告佐々木は加害車につき運行供用者としての地位を失つていたと認められるから、右と同旨に帰する被告佐々木の前記抗弁は理由があるというべきである。

しかしながら、次に、請求原因3(三)(2)の被告佐々木の民法七〇九条にもとづく責任について検討するに、以上の認定の各事実にてらすと、夜間にまでわたつて、エンジンキーを点火装置にさしこんだままドアもロックしないで右のような容易に人の出入りしうる本件駐車場所に加害車を放置した被告佐々木の措置には、本件加害車の管理上過失があり、また、その程度にも大きなものがあつたと認められる(前記(四)のとおり、勤務時間帯には、本件屋外駐車場は自動車で混みあうため、エンジンキーをつけたままドアもロックしないで駐車する者も相当あつたとの事情も、本件窃取の時刻、態様等を考慮すると、右の判断を左右するものではない。)。そして、以上の点に加え、なお、前記のような本件窃取の態様や、本件窃取後事故までの経過等をもあわせて考慮するに、被告佐々木の右管理上の過失と本件事故による損害の発生との間に相当因果関係があることもまたこれを肯認することができる。

以上にてらし、被告佐々木には、民法七〇九条にもとづき、本件事故による損害を賠償する責任があるというべきである。

四請求原因4の事実は本件全当事者間に争いがない。

五損害関係等について

1  治療費 三万九、一六八円

〈証拠〉によれば、斉について一三万〇、五六〇円の治療費を要したことが認められる。

もつとも、本件請求にかかる治療費のうち九万一、三九二円について国民健康保険による給付がなされたことは原告らの自認するところであるから、本訴で原告らの請求しうるのは、右一三万〇、五六〇円のうち、右給付によつて填補された分を除いた金額である三万九、一六八円であるということになる。

2  文書料 二万五、五〇〇円

〈証拠〉によると、本件事故の関係で、右事故直後斉が収容された岩手医科大学付属病院に対し合計二万五、五〇〇円の文書料が支払われたことが認められる。

3  葬儀費 八〇万円

〈証拠〉によると、斉の死亡に伴い、その葬儀がとり行われたことが認められるところ、本件の諸事情にもてらすと、その費用のうち八〇万円は本件事故と相当因果関係のある損害にあたるというべきである。

4  逸失利益 三、四三二万一、九六七円

〈証拠〉によると、斉は、昭和三九年一〇月三〇日生まれで、本件事故(死亡)当時一九歳の男子であつて、昭和五九年四月岩手大学農学部に入学し、右事故当時右学部の第一学年に在学していたことを認めることができる。一方、〈証拠〉を総合すれば、昭和五八年度の賃金センサスによると、大学卒業男子労働者(全年齢)の年間平均賃金は四七二万三、九〇〇円であることが認められるところ、斉は、本件事故にあわなければ、昭和六三年(同人二三歳時)に大学を卒業し、以後六七歳までの四四年間、平均して各年右の金額程度の収入を得ることができたものと推認することができるというべきであるから、結局、同人の死亡による逸失利益の事故時の現価は、生活費割合を五〇パーセントとし、ライプニッツ方式により中間利息を控除して計算するに、以下の計算式のとおり、三、四三二万一、九六七円となる。

4,723,900×(1−0.5)×(18.0772−3.5460)=34,321,967

(なお、右一八・〇七七二は、斉の一九歳時から六七歳までの四八年間に関するライプニッツ係数であり、三・五四六〇は同人の一九歳時から二三歳時までの四年間に関するライプニッツ係数である。)

5  慰藉料

請求原因1(四)記載のとおりの被告正博の無謀な運転により、従来一人息子として愛育し、その将来に期待することも大きかつた斉を失うにいたつた原告両名の精神的損害にはまことに重大なものがあることは明らかであり、またかかる事故により重傷を負い、生命を奪われるにいたつた斉自身の精神的損害にももとよりきわめて大きなものがあるといわなければならない。その他、本件の一切の事情をも勘案し、右各精神的損害に関する慰藉料は、原告両名につき各六〇〇万円、斉につき四〇〇万円とするのが相当であると認められる。

6  前記1ないし4の各損害に関する賠償請求権及び前記斉の精神的損害に関する四〇〇万円の慰藉料の請求権は前記四のとおり、原告らに二分の一ずつの割合により承継されたから、結局、原告各自の以上損害の合計額(各原告が賠償請求権を承継取得した斉の損害分を含む。)は、右の承継額である一、九五九万三、三一七円に原告各自の固有の慰藉料である六〇〇万円を加えた二、五五九万三、三一七円となる。

7  請求原因5(八)の事実は、原告と被告佐々木との間では争いがない。また、原告と被告正博、同正人との間でも、原告らが自動車損害賠償責任保険から合計二、〇一四万一、四六〇円の支払を受けたことは原告らの自認するところであり、また、弁論の全趣旨によると、その半額である一、〇〇七万〇、七三〇円ずつが原告各自の損害金に充当されたと認められる。

そうすると、右自動車損害賠償責任保険金控除後の原告各自の損害額は、二、五五九万三、三一七円から一、〇〇七万〇、七三〇円を控除した一、五五二万二、五八七円となる。

8  弁護士費用

原告らが原告訴訟代理人に本件訴訟の提起、追行を委任したことは記録上明らかであるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額などにてらし、なお、控除すべき現実の支払時期までの中間利息相当額をも考慮すると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の事故時の現価は原告各自につきそれぞれ一五〇万円と認めるのが相当である。

9  記録によると、本件訴状は、被告正博、同正人に対しては昭和五九年一一月二三日に、被告佐々木に対しては同月二六日に、それぞれ送達されたことが明らかである。

六以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し、原告両名にそれぞれ右五7の一、五五二万二、五八七円と右五8の一五〇万円との合計額である一、七〇二万二、五八七円及び金一、五五二万二、五八七円(前記五7の金額)に対する本件不法行為の翌日である昭和五九年五月一四日から、内金一五〇万円(前記五8の金額)に対する同年一一月二七日(被告佐々木に対する訴状送達の翌日)から、各支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求め、かつ、被告正博、同正人に対し、各自原告両名にそれぞれ右一五〇万円に対する同月二四日(被告正博、同正人に対する訴状送達の翌日)から同月二六日(被告佐々木に対する訴状送達の日)まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官木口信之)

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